May 05, 2012
April 10, 2012
感謝-ありがとう-
新入生オリエンテーションも一区切り。
今日は自宅で・・ということで勘弁してもらい、目覚めたらダルビッシュが4点取られていた!
さて、明日からの授業準備を・・・(何せ何もしていない泥縄状態orz)・・・の前に、たまった雑誌をスクラップしてみたり、少し頭を休めていた。
前エントリでも書いたように、3月は結構いろいろ感じることがあったのだが、あまりの忙しさに自分自身で整理しきれていなかった。束の間の休息の今日、少し落ち着いたところで、第一弾を書き綴ってみたいと思う。
一番いろいろ考えた出来事は、
↑ この件。
長い年月(休学1年を含み、さらに「再入学」なる手続きも経て)を要して、ギリギリの単位数とギリギリの成績で修了した。先生のお情け以外の何物でもなく、むしろ自分としては「もう1年」やるつもりだった。
そもそも、今の職場に勤める以前に決めて入学していたので、「職業柄学位をとらなければ」とか「業績のために」とかそういうことは一切考えていなかったし、今もそれはまったくない。
入学時点(入学を志望した時点)では、コンサルタントを細々とやっていたわけで、正規職員で教育職につくなんて考えてもいなかった。教育学研究科に入学したことから誤解されがちであるが、それも、コンサル仲間で大学院に行った人はMBAが多く、ひねくれもののワタシは、あえて、人と違う方向性でいった方が、その後のコンサルティングの仕事に役立つと考えて「教育学」にしたという経緯なのだ。
だから、ごくごく少数の同僚をのぞいて、あまり職場には公言していなかった。修了したこと、学位をとったことも言わずにおこうか・・・と思ったくらいだったのだが。
先生(研究指導担当の先生)の、「いや・・・言った方がいいでしょ。というか、職場的に言わなきゃだめでしょ。」という一言がなければ隠していたに違いない。
足かけ6年、正味5年、実際にちゃんとやったのは2.5年くらいだと思うが、本当にいろいろなことを学んだ。一言でいえば、行ってよかった。途中で辞めなくてよかった。自分の選択は間違っていなかった。研究や論文の不出来さも含め、いろいろなことを学んだ。
ストレート(2年)で修了した優秀で努力家の学友もたくさんいて、尊敬している。出産・育児で休学しながら修了したワタシよりも若い看護学校の先生もいた。超劣等生のワタシと変わらず親しくしてくれる優しさにもいつも感謝している。
通信教育は、「ラーニング・アローン」ではないんだということ、痛感した。
同期入学で、60歳を超えているが現役の特別支援学校の先生で、見事2年で修了された人生の大先輩(女性)は、ワタシにをこう励ましてくれた。
「開学100周年の2012年に修了してくれたら、同期入学者のみんなで京都で集まりやすいじゃない」。さりげない激励。あれがなかったら、またずるずる期限を引き伸ばしていたと思う。経験豊かな教育者は、そうやって生徒や学生を動機づけるんだな。
前から感じていたが、王道の研究者には向いていないということが分かったこともよかったかもしれない。
卒業式・学位授与式は「やったー!」という感覚ではなく、じわじわと感慨深いという不思議な感じだった。数週間経った今も、思い出すとじわじわ感がある。これが「生涯学習の達成感」なのかな?
あっちこっちに回り道をして、いろいろなことを感じ、考えながら、人より時間がかかっても、生涯教育・生涯学習というもののほんの入り口がわかったに過ぎないということを理解したということが収穫。
これからも、自分のための生涯学習を細々と何らかの形で続けていきたいと思う。
感じたこと学んだことは書ききれないくらいたくさんあるので、忘れないうちにまた整理してアップする予定。
体育館にあるステージの奥には巨大な仏壇??が!
式典のはじめには念仏も唱えました。。。
式の終わりには、レーザーショー!
むしろ式典より、こちらに感動する卒業・修了生多数!(ワタシも含め)
今回のブログタイトルは、開学100周年のキャッチフレーズ。
イラストのキャラクター「ぶったん」は、式典の最後に登場!
想像以上にかわいかった。
April 07, 2012
4月です。
あっという間に4月やーん(汗)。
↑ 今年の卓上カレンダーは、元勤務先の方にいただいたもの。
3月末から4月上旬は、学校勤務者にとっては怒涛の時期であり、まさに今もその渦中。新入生も新しい環境で緊張しているだろうけれど、新しい若者と対峙するワタシたちも疲れるのだ・・・。
しかも、なにも、この時期に導入のための集中授業とか入れるかなあ・・・というのもある。日曜日を丸々2日使ってorz。
3月は、怒涛の中でも、感動の出来事や、いろいろ内省するようなこともいくつかあった。このままでいくと、日々に流され、感動が薄れて忘れてしまいそうだなあ・・。肉体的疲労よりもそれが一番怖いかも。じっくり物思い(・・・他人はそれを妄想という・・・)にふける時間がほしいな。
February 26, 2012
文章を書くということ。
「文章を書くということ」について、あらためて感じたできごとがあった。
近隣に生息し、瀕死状態になってしまった野良猫さんを保護してくださった方がいる。お名前もお住まいも知らない方だが、野良猫さんが元いた場所に、「かわいがってくれた近所の人がいるだろう。突然いなくなって心配しているだろう。」と、保護の経緯と現状の様子などをメッセージとして残してくれた。
ワタシは、簡単なお礼のメモ等を返信としてそこに置き返したりしていたが、オットが「オレもお礼の手紙を書いて置く!」と言い出した。オットのシゴトは絵をかくことであり、事務職ではないので、自他ともに認める「文章を書く機会がない人」である。同じ年代のいわゆる事務系のサラリーマンの方にくらべたら、シゴト柄、文章を書く機会はきわめて少ない。それでも、保護してくださった方への感謝の思いと、厳しい自然の中で生きる生き物たち(猫だけに限らず)への思いを、ワードでA4・3枚強の手紙としてまとめてきた。
相当時間がかかったらしく(何時間もかかったそうだ)、また、自らの文章に感極まって書く手がとまることも何度もあったとか。ワタシも読ませてもらったが、確かに、少し意図が伝わりにくい構成のところもある。でも、思いは非常に伝わる、胸を打つ文章だと思った。
常日頃、文章を書くことに慣れている自分はどうなのか?
悪くいえば、適当に書くこと、すらすらと書くことができるがゆえに、薄っぺらな内容になっているのではないか?
相手に思いは伝わっていないのではないか?
いや、もしかしたら、「思い」自体そんなにないのではないか?
たとえ、形式を重視するビジネス文書だったとしても、「そもそも伝えたいこと」があるはずだ。それを考えることなく、カタチだけ整っていればいい、早くできればいいと思っているのではないか?
「文章を書くということ」はそもそも何の目的で行われることなのか、その根っこの部分には「相手に伝えたい思い」があるはずなのだ、という、忘れかけていたことに気づいたできごとだった。
February 16, 2012
新しいテーマで
こちらで何度も書いてきた「学生による高齢者向けパソコン教室」。
諸般の(学校の)事情により、来年度から担当変更となった!
ある意味、今年度から変更になったら非常に困ることだったので、来年度からの変更でまあよかったとすべきか・・・。授業の枠組み自体大きく変わるので。
というわけで。
昨日の夕方、新しいテーマでお願いする先(地域の社会福祉法人様)にご挨拶に。
商店街の中にある作業所的な場所で打ち合わせを・・。
さて。どうなることやら。
研究の師匠によれば、「変化を前向き(ポジティブ)にとらえることで、汎用性が出る。研究にはよいことだ!」とのことですので~。
初年度は、学生ともどもワタクシも学ばせていただく姿勢で。
しかし。
昨夜は寒かった~。朝はあったかかったので油断した!駅のホームの寒いこと寒いこと。
しかし。
明日はもっと寒そうな場所に出張。体調を崩さないようにしないと~。
February 06, 2012
ソトコト2012年3月号
ロハスとは無縁なワタシなのに・・・。
なぜか手にとり、本屋さんのレジまで。
ページをめくると、「社会貢献」「ボランティア」の世界は、ワタシが思っていた以上に幅広く、興味深く、「ちょっと休憩」のつもりで入ったドトールで熟読してしまった!
本気で考え、楽しみつつ、いろいろな活動をしている人が日本全国老若男女たくさんいるんだなあ・・・と。できることならば自分も参加してみたいと思うけれども、片手間でできるほど簡単なことではないし。今は、何らかの自分の得意分野を確立して、それが少しでも社会の役に立てるように、、、そんな準備期間なのかもね。
それにしても、自分がボランティア活動などに興味を持つような人間になるとは思ってもいなかった。でも、振り返ってみれば、関心などなかったようでいて、人生の中にいくつかの伏線はあったかもしれない。
たとえば、高校の家庭科の授業の中で行った「地域の高齢者の方(おそらく施設に入所されている方向けだったのではないかと記憶している)あてに手紙を書く」という活動。同じく、高校の隣にあった病院での入口案内ボランティア。
大学では、実際に行う機会はなかったものの、視覚障害の学生のための「ノートテイク」の講習の受講。などなど。
目的・目標・やりたいことに猪突猛進!でなくても、じっくりじわじわと行ったり来たりの歩みもいいよね。味わい深くて。・・・と自己肯定してみる。
January 31, 2012
本質を問う。
キャリア教育・・・。
「働く意味を(言語化して)学生に伝えよ」
「働くことは楽しいということを伝えよ」
「社会に出ることは不安ばかりではないと伝えよ」
「働く意味」って、働く前から分かるものなのだろうか?
少なくとも、ワタシが学生のときは考えたこともなかった。(それはそれで問題ですけど)
労働することは当たり前で、意味などもたなくても働かなければ社会には居場所がないと思っていたから(病気や看護介護等で働けない人は別)。
「働くことは楽しい」って、働く前から分かるものだろうか?
日々働く中で、働くことは90%以上は大変なことということを知る。そして、残りわずかなところに見出す価値ある楽しさで、「明日も!」となるんじゃないのかな?
「社会に出ることは不安」かもしれない。でも、そんなことを感じる間もなく、働くことになるのだろう。不安を無理やり作っているのではないか?
キャリア教育の本質って何だ?
これらのことを言語化して「大丈夫ですよ~」と若者に伝えることなのかな?しかし、自分(ワタシ)が経験・感じていないことを言語化した薄っぺらな説得の言葉は、簡単に見破られるはず。
January 07, 2012
情報システムはときにトラブルものである・・
勤務先の図書館にはなかった資料を求め、久々に国立国会図書館へ!
看板から入口から、何か不穏な動き(人とか、館員の方とか・・・)。
その時、貼り紙が目に入った。
緊急のお知らせ。 (2012.01.07)
現在NDL-OPACに障害が発生しており、利用できません。ご迷惑をおかけいたしますが、復旧まで今しばらくお待ちください。なお、国立国会図書館サーチは利用可能ですので、こちらをお使い下さい。
えええ~っ?
検索はできるけれども、国会図書館内用の検索しかダメ。OPACとつながらないので、国会図書館サーチ(要は国会図書館内の検索システム?)からOPACに連携できず、詳細検索等ができない・・・OPAC端末も使えない・・ということらしい。
そのような説明を受けたが、結局入館登録の時点から手作業。紙に名前や住所等を書いて、それと交換で図書館内端末用カードをもらい・・・という感じ。
幸い、ワタシは、見たい資料が明確で、メモっていったのでそれをダイレクトに出してもらったけど・・・。雑誌の号数とかがわからなかったら、近い年の号を何冊か出してもらって探せ、と館員さんは言っていた。大変だよそれは。
本当にメモっていってよかった!
それでも雑誌が出てくるのに50分くらい。複写はなぜか早くて15分程度の待ち時間。
本館3階の喫茶店でピザトーストを食べて、「こりゃまた、珍しい日に来ちゃったなあ」と一人時間をつぶした。
思い出すのは、新入社員として勤務した会社でのこと。思い出はほとんとシステムトラブルを対応した時のことばかり(笑)。あのときは泣きそうだったこともあるが(だって、社員の人たち、電話口で怒るんだもーん)、今となっては、笑える思い出はシステムトラブルのときのことばかりだ。課員の少ない日陰の部署のメンバーと、変わった人の多い協力会社のメンバーみんなで一致団結!したのは本当にいい思い出。
なんてことを考えながら資料を待っていた。
でも、資料が出てくるまでとか、複写に時間がかかるのは、システムトラブルがあろうが、ある程度折り込み済みだった。驚いたのは、「資料返却」に超!時間がかかったこと。
雑誌関係の返却に、50人以上並ぶって・・・。これってシステムと関係あるんだろうか?
いや~、参った!
年明けで、しかも、システムバージョンアップしたばかりらしい。トラブルが最も起きやすい条件だし・・・。
いやいや、おもしろい体験をさせてもらった。
January 06, 2012
来た年。
2012年到来!
んが!
わが家は全員体調がイマイチで、冴えないお正月だったorz
まあ、3が日に厄を落としたと思って、残りの約360日を元気に楽しく過ごせればいいかな・・と。
2012年の目標は、まず、3月にかけて大きな宿題があるので、それをキッチリと。
それから将来の方向を考えるとする!
プライベートでは、できればヨガの復活。冷え性などの改善のために。昔は週1~2回通っていたんだよなあ。
その他は、料理をする。かつては趣味だった料理も最近は忙しさにかまけてすっかり・・。健康のことも考えて、料理を楽しみながらしっかりやる。まずは昔のレシピをひっぱり出してくることからスタートかな。
娘・息子たちの育猫も!
翔ぶ虎太郎。
おそろいのベッドで仲良しダイ&ゆう。
丸すぎ・・ちう姉。すでに熟女の域。
人も動物も平和な1年でありますように。。。
December 31, 2011
ゆく年
2011年が終わる・・・。
大震災のこともあって、「日常」がどんなに素晴らしいものかということが分かった気がした1年だった。それでも、被災地の方々に比べれば、「分かった気がした」レベルなんだろうなあ・・・。
直接的なボランティア活動はできなかったが、いつか、だんだん人が活動をやらなくなった頃にでも、間接的にでも、何かできればと思う。
個人的には・・・どうだろう?
普通だったかな?
来年も欲張りすぎず、肩に力を入れすぎず、いつ何時も平常心でいきたいな、と。
5時過ぎの光景。スーパーマーケットは激混みだった。
びゅーん!
虎太郎、大きくなりました。
「2012年も、上を向いていこうぜ!いっぱい食うぞっ!」
あんたはちょっとメボなんだから。
というわけで、2011年はお世話になりました。















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